月別: 2013年1月

Sense of Urgency

323日、着いた新宿の閑散とした町並みと、そのどんよりとした空気に漂う言いようのない寂しさは私の生涯忘れられないものとなった。 私は神様から頂いた看護師という職業を使い、今回の東北大震災後の宮城県南三陸町での医療ボランティアに参加することができた。

これは原爆か空襲か、と思うような悲惨な震災後の南三陸町の中で被災者の方々と、それを援助しようと働きかけている世界中の人達が繰り広げる心温まる人間愛を目の辺りにすることができ、より多くの方々に伝えるのも私の役目であるのではないかと思う。


私の見た南三陸町の人達は皆、一生懸命に生きようとしていた。何もかも失っても、文句を言わず、事実を受け止めて、ゆっくりと歩き出している。日本人独得の ”起こってしまったことは仕方がない“ と言う辛抱強さなのか、黙々と瓦礫の中から家族の思い出の品を探す人々、長蛇のGasolinの列に並ぶ人々を目撃した。…と同時に、今回のこの災害は多くの人にとって、日本の”辛抱”の文化だけではとても簡単に受け止められない酷なものでもある。 目の前で自分の孫が波に飲まれて、今も見つかっていないと語ったおばあちゃんは、何で自分が生きているんだろう、と泣いていた。家族親戚を13人も失ったと言うおばあちゃんは、静かに”夜眠れないんだよ~。“とつぶやいた。奥さん、子供、お母さんを一度に亡くした消防隊員がいた。屋上に逃げてそのまま波に飲まれた人もいれば、屋上に逃げて助かった人もいる。あの時、右に曲がっていたら今は生きていなかった、と語った人もいた。今、多くの日本の人の中で、”私は生かされている”、”私が今生きているのは、何か意味のあることだと思う。“ といった気持ちが湧き上がっているようだ。昔のエジプトやギリシャのように、たくさんの神がはびこる日本。そして、御利益信仰の神々があちこちに見られる日本の人々にとって人間が本当に生きる意味は何なのか、どうしてこの世に生まれてきたのか、と考え始めることには、大きな意味があると思う。

イスラエル医療団の宗教、人種、政治を超えた援助も目撃した。イスラエルの助けにどういうわけかあまり”乗り気”でない日本の政府、外務省に対して不平を一言も言わず、どうしたら日本の人々に受け入れてもらえるか毎晩ミーティングをしていたと言う。4月の上旬に撤退するに当たって、医療機材全て南三陸町の地元の病院復興のためにおいていったそうだ。

たくさんの愛を見た。見返りを期待せずに、誰かのために一生懸命になっている姿をあちこちで見かけた。この地球はまだ、捨てたものじゃない、と思った。

今回のこの大震災はクリスチャンにも大きなチャレンジを投げかけている。

どうして、愛の神がこういうことを許すのか、、、“と。

しかし、私は神が全てのことを良しとしてくださることを知っている。この未曾有の大災害からも、何かとてつもなく素晴らしいものが生まれようとしているのを感じる。

それと同時に私達がこの世に持っているものなんて、本当にあっけなくなくなってしまうものだ…ということも知らされた。命さえもである。明日召されてイエス様と顔を合わせても恥ずかしくないように生きなきゃ、と思った。

”Holy Urgency”と言う言葉をどこかで聞いたことがあるが、まさにその通りだ。

私達はクリスチャンとして、そのような切迫感に満ちた生活をしているだろうか? イエス様のことを伝えなければいけない人がいるのに”明日言えばいいや…”と伸ばし伸ばしにしていないだろうか。私達は天国にいけることばかりを楽しみにしているのではなく、天国に行ってイエス様に会った時に”よくやった!”と言ってもらえるように、常に用意していなくてはいけないのではないだろうか?

私の兄弟たち。

様々な試練にあうときは、

それをこの上もない喜びと思いなさい。

信仰が試されると忍耐が生じるをいうことを

あなた方は知っているからです。

その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば

あなた方は、何一つ欠けたところのない、

成長を遂げた完全なものとなります。

ヤコブの手紙1:2-4

By M.M

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